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ケナナシュガープロジェクト

パイオニアとしての熱き情熱と使命感を胸に乗り越えた困難。
その精神は今もなお、タクマの礎として刻み込まれる。

ケナナシュガープラントプロジェクト

ケナナシュガーを生んだ灼熱の大地の当時を振り返る

 1976年、タクマがこのプロジエクトを受注したとき、ケナナ州はナイル河畔を離れると見渡す限り荒涼とした原野、数十億年前に地球が冷えて固まる時閉じ込められた泡の化石が転がる赤色の大地だった。
やがて、ナイル河からの灌漑用水で350㎢の耕地にサトウキビが育ち、今※、この地にはケナナシュガー社を中心とした緑の茂る町ができている。少し小高い丘の上に唯一夜間でも明るい製糖工場がそびえ、タクマが納入した6缶のボイラには勲章のように「TAKUMA」のネームプレートが輝いている。※2003年時点

スーダン民主共和国(建設当時)では、そのナイル河の水利と豊かな日照に恵まれた立地を利用するため、地域の緑化、穀倉帯化計画が近隣諸国の協力で進められており、1976年にケナナシュガー社が設立された。設立当時、日量1万7000トンのサトウキビを絞り、年間30万トンの砂糖を生産する世界最大級の工場は、2万人の従業員を抱え、キビの栽培から製糖まで一貫管理、運営する大企業。地域開発にも貢献する壮大な国家事業であった。

ケナナシュガーを生んだ灼熱の大地の当時を振り返る

世界最大級の砂糖工場のボイラプラント受注に挑む

1974年当時、タクマの海外亊業は、フィリピンやタイの工場に大型のバガス(サトウキビの搾りかす)焚ボイラを納入した実績は有ったものの、要求水準の高い欧米系のコンサルタントによる計画図書に従った入札に臨むのは初の経験であった。

分厚い英文図書には、非常に細かな要求事項が記載されており、全てを読みこなすにはかなりの読解力を要求された。また、バガス焚ボイラでは初の採用となるトラベリングストーカ燃焼方式や、バガスを使い切った後に高効率なバーナ燃焼を行う、といった仕様の検討が大きな課題であったが、販路拡大の絶好のチャンスと捉え、是が非でも受注する意気込みで臨んだ。

技術計画が完了し、コスト計算も十分に行って提案書を提出したものの、タクマのボイラは「重い、価格が高い」と指摘を受けた。トラベリングストーカの計画の際に、国内清掃工場向けの最新データをベースとしていたこと(多種多様なごみに対応するため頑丈に設計されている)や、仕様書の能力設定を過大に解釈していたことにより過剰性能となっていたことが、重量と価格に悪影響を及ぼしていたと分析された。

日本に取って返した営業担当者は関係者を集め事情を説明した。「このままでは負ける、計画の全面見直しが必要だ。しかも再提出まで時間がない。」あせる営業に、最高の計画と自負していた計画担当者達は簡単に折れなかった。「このスペックで他社のボイラに引けを取るとは思わない、全面見直しはゼロからのスタートが必要で時間が足りない。」と主張する技術部門との議論になった。議論にじっと聞き入っていた専務が立ち上がり、「関係部署は全面見直しに協力、勝てる内容に計画変更せよ、時間勝負!」と断を下した。
 即刻見直し作業が開始され、関係者たちの間では連日精力的な作業が遅くまで続いた。見直し開始からわずか10日後、営業担当者は完成した見直し案を自信をもって再提出、彼らの結論を待った。

結果は、技術・価格レベルとも十分評価できる内容であると、タクマ製ボイラの採用が決定した。

スーダンでの難工事に伴う過酷な労働事情

 1976年10月、据付工事指導のため、工事担当者らが日本を発った。ケナナキャンプでは早朝でも摂氏30度、日中は摂氏48度まで上がる暑さ、涼しくならないクーラー、ヒーターを入れないでも暫く熱湯が出るシャワー、水道、電気は完備だが食事を除き容量不足のため停電が多い。娯楽といえばボール蹴りぐらい。手紙は航空便で往復1ケ月、緊急連絡時の国際電話は首都のホテルから早ければ2時間程で繋がるが聞き取りづらいなど、本社との通信には途方もなく時間を要する。日本とは全く異なる文化・環境の中、担当者たちは6缶のボイラ設置に情熱を燃やしたのであった。

 現場では設計上の問題、製品の精度の問題、輸送中に発生した破損問題、建設機材や作業員の不足等々、数々の問題が発生する。本社に問い合わせるすべもなく、現地の担当者たちの判断で解決するしか無かったが、担当者たちは問題一つ一つに対して粘り強く交渉し解決を図り、1981年、ついに竣工を迎えた。

数々の困難を乗り越えたタクマのプロフェッショナル精神

 1981年3月2日、大統領始め各国来賓を迎えて盛大な開所式が挙行された。スーダン政府は峻工を記念して当時の自国の10ポンド紙幣のデザインにケナナシュガーを採用した。

数々の困難を乗り越えたタクマのプロフェッショナル精神

 日本から遠く離れたアフリカの地。計画から製作・出荷・工事そして試運転と、その規模の大きさ、複雑さ、更に立地条件、作業環境、能率等々を考えたとき、最初は誰しもが不可能だと考えた。だが、この工場を稼働させるために、前線で戦った者、国内でバックアップし続けたスタッフ含め、このプロジェクトに携わったメンバー全員が、パイオニアとしての熱き情熱を抱き、使命感に燃え、プロの矜持を胸に直面する障害を乗り越えてやり遂げた。この精神がタクマの強みであり、その精神は今もなお、タクマの礎として刻み込まれている。

数々の困難を乗り越えたタクマのプロフェッショナル精神
数々の困難を乗り越えたタクマのプロフェッショナル精神

出典:株式会社タクマ(2003年)社内報『いしずえ336号』より一部編集